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2019年8月21日水曜日

緬羊の町

「 一日に8回しか列車の停まらない駅、ストーヴのある待合室、寒々とした小さなロータリー、字が消えて半分も読めなくなってしまった町の案内図、マリーゴールドの花壇とななかまどの並木、人生に疲れ果てた汚れた白い犬、やけに広々とした通り、自衛隊員募集のポスター、三階建ての雑貨デパート、学生服と頭痛薬の看板、小さな旅館が一軒、農業協同組合と林業センターと畜産振興会の建物、風呂屋の煙突が一本だけぽつんと灰色の空に向かって立っている。大通りの先を左に折れ、二筋進んだところに町役場があり、広報課には彼女が座っている。小さな、退屈な町だ。一年の半分近くを雪に覆われている。そして彼女はその町のために公報の原稿を書き続けている。」

はるか昔に買って長らく読んだつもりでいた村上春樹の「カンガルー日和」、なんと、この有名な短編集をまだ読んでませんでした。実家の本棚を物色してたときにこれに気がついて、持ち帰ってスキャン。ピンキリではありますが、ダントツなのは、この「彼女の町と、彼女の緬羊」。彼がのちに希有の長編書きになっていった、その理由がこれを読むとよくわかります。冒頭は、札幌郊外の、沢山の羊が飼われていて、寂れつつある町で、町の広報担当として、日々、町内放送を続ける女性、その町を思い描く僕。

このイメージがまさに彼の奔放な想像力と魅力。こうして書き留めると、ひとつひとつの文は特に何でもない、だけどこうやってもう少し大きく切りだして眺めると、彼ならではの物語作りの才を強く感じます。この出発点と、もう一つ、この中にある、印象的な長めの短編、初めて羊男が登場する「図書館奇譚」とともに、たぶん白昼夢のように、羊をめぐる冒険は生まれたのか。

なにをいまさら半世紀ほど前の話を、といわれそうですが。