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2019年10月20日日曜日

光は質量を持たない

若い頃、いくら本を読んでもわからなかったことが、さすがにこれだけ長く研究しているとすんなりわかるようになることがあり、うれしくなります。

顕微鏡での計測、光子を数える測定の仕方を教えていると、やはり光が質量を持たないということくらい説明できないと恥ずかしい、と思って、ほんとに恥ずかしながら、こっそり特殊相対性理論を説明する講義ファイルを探したところ、早稲田・物理の立川先生による2年生の講義ファイルを元に高校生用に書き直されたものが公開されてました。さすがにおそろしくさくさく理解できます。金曜の夜、一仕事終わった後で、読みふけってました。ただ、感動。

4次元の空間を考えて、そこでの2点p, qの距離を世界間隔とよび、これを
spq^2 ≡-c^2(tq-tp)^2+(xq-xp)^2
と定義します。cは光の速度。t、xはそれぞれの点での時間と位置ベクトル。ミンコフスキー時空と呼びます。1項目は距離の次元に揃えるために速さと時間の積になってます。これにはマイナスがついてるのがポイント。光がこの2点間で移動する場合には、世界間隔はゼロにするように、つまり
c^2(tq-tp)^2=(xq-xp)^2
になるようにできてます。こうする意味は下に。

ここで、ちょっとだけ動くとき、この距離をΔrとして、動くものの慣性系(等速で移動する系)をs'とします。s'の座標にいるものはそこにいる、つまり変位はゼロなので、これの世界間隔を考えると、上の式の後半部分がなくなります。これを、ながめている私の慣性系をsとすると、
Δs^2=-c^2(Δt)^2+(Δr)^2=-c^2(Δt')^2
が成り立ちます。世界間隔は系に寄らず一定なので。

これを変形すると、動く速さをvとして
Δt'=Δt(-(1/c^2)(Δrt)^2)^0.5=Δt(1-(v/c)^2)^0.5
となります。ルートを^0.5と書くのはこのブログでは書くにくいから。

これだけ。つまり、慣性系s'で表された動いてる物体に乗ってる人の時間変化は、(v/c)^2の分だけ、見ている私よりも小さいことになります。vが光に比べて遙かに小さいうちはごくわずかなものですが光速の半分で動くと、時間の進み方が(3/4)^0.5=0.866倍になります。この驚くべき世界の仕組みが、こんな簡単な式で現れるのです。感動的です。今まで知らなかった、恥ずかしい限りというのはさておいて。

こういう展開で、運動量について考えをめぐらすと、この運動量は時間が含まれるので、4元運動量と呼ばれるものを考えていき、実にわかりやすい展開で質量は速度が増すほど重くなることが示されます。行列が出てくるので書きませんが。

異なる慣性系から眺めると速さが変わることは我々は日常でよく知ってるわけですが、光だけが例外です。粒子でもあるのに。不思議なことに、ある物体がどれだけ速く移動しても、そこから発する光の速さはその移動速度の影響を受けません。これがマイケルソン・モーレーの驚くべき実験結果。上の世界間隔を使うと、光の場合は慣性系によらずゼロとなり、この現象をとりこめます。

速度が増して光速に達すると質量は無限大になり(4元)運動量も無限になりますが、これは許されないので、ものの速さは光速に達することはできません。質量を持つ限りは。よって、光子は質量を持たないことしかありえません。

基本的な部分は、テイラー展開さえなければ、入試に出したいくらいシンプルな証明。実際、ネットで探すと高校の先生が書かれたものもざらに見つかります。慣性系でない系を扱う一般相対性理論では非リーマン幾何学が出てきて、とても手に負えませんが、特殊相対性理論はそれほど難しい数学は必須な部分ではないので、好きな高校生ならやってるでしょう。この立川先生の説明が素晴らしいのもあるでしょう。それだけに、こんなシンプルな式の展開から、この宇宙の仕組みが解きほぐされるのは、感動以外の何ものでもありません。

それにしても、光は不思議としかいいようがありません。まさに、この世の最大の謎です。前にも書きましたが、札幌で、飛行機に乗り遅れそうになって、空港までタクシーで飛ばしてもらったとき、その運転手と話していたら、なぜか、その頃出たばかりのサイモン・シンがペレルマンの話を書いた「フェルマーの最終定理」の話になったことがあります。彼はそういう話が大好きで、一般書ですがすごくよくそのあたりの本を読んでいて、あれもこれも、と話が膨らみました。彼がぽつりと、自分が死ぬことは辛いとも思わない、だけど、宇宙の果てを見れないことだけは辛い、といったとき、どれほど私が万感のおもいでうなずいたことか。この人は同類だ、と感動した一瞬でした。