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2017年5月11日木曜日

「ユキの日記」

本を読むのは寝る前のわずかな時間。あんまり面白いとそれが寝不足になってしまい、その加減が微妙。騎士団長のあとは、火星の人、久々のSFでした。SFというより、火星に降り立った際に、いかにも起こりそうなほんのちょっとしたトラブル。それにどう対処できるかを、かなり科学的に正しく(ふと思ったのだけど、politically correctとは良くアメリカ人が言うけど、scientifically correctというのか)検討して、火星で生き伸びるにはどうすればいいか、について書かれた、良きアメリカ人の奮闘の物語。久々の一気読みSF。

おかげで寝不足。さてと、次に読む本を物色してたとき、「ユキの日記」に目がとまりました。これは、心理学者の笠原嘉が編集した、若くして亡くなった女性が21歳の分裂症(いまでいう統合失調症)発症時までつけていた60冊の日記。最後の担当医だった彼に、役に立てばとご家族が持ってこられたものだそうです。この本、いつだったか、東京の高架下の近くにあった小さな古本屋で見つけて読みもせずそのまま本棚に置いてたのを、去年の暮れにスキャンしてPDFにしてaura oneの中にいれてさらに眠ってました。うしろのほうをぱらぱら読んで驚きました。

心理学の本、若い頃、よく読んでました。上智大の教授だった霜山徳爾がお気に入りで随分買いあさりました。笠原嘉の「現存在分析」もそんな頃、天神コアにあった紀伊國屋で見つけた本の一つ。今頃知りましたが、後書きによると、彼は名古屋大の先生だったらしい。この本、何度も読みました。

こういう心の奥底に降りていく作業、好きというよりは、その頃生きていく上で必須でした。若い頃、嵐のような、ぴりぴりした毎日の中、そうやって心の根元までおりてパッチをあてられたのは、これらのおかげかもしれない。そういえば、騎士団長のクライマックス、メタファーの世界に降りていって暗い谷底をさまよい歩くさまは、その作業に似てる。

ユキの日記、驚くほど詳細な心の記録です。ひどい喘息に生涯悩まされ、健康な青春は夢でしかなかった女性。文字を覚えて文章を綴れるようになる8歳から、心が成長してしっかりしたとても豊かな表現を獲得するようになる15歳あたり、そして次第に病んでいき、逃れることができなくなっていくまでの格闘の記録です。そして、そのあふれるほどの才能が実に悲しい。もしうまく世界と折り合いをつけることができていたならば。

ユキのその頃の詩から、

「春は来るまい、
花はもう再び咲くまい、
碧い空が頭上高くひろがり
そよ風吹く緑の芝の上に
おどる陽ざしを見ることはあるまい。

心よ つぶやくな
あせるな、あこがれるな、
・・・」

何よりも美しいのはHさんに恋心を抱いていた頃の記録。彼女の、短く薄幸としかいいようのない人生の中で、もしかしたら一番輝いていたときなのかもしれない。Hさんのちょっとした仕草、言葉のやりとりに喜び、涙し、憎み。だけど、彼は修道院に入ってしまって遠い存在になり、彼の名前はいつしか消えます。一度、彼女が修道院に行ったときにも会うことすら許されない。彼女の恋は実ることなく、癒えることなく、そうするうちに心が次第に壊れていきます。

だけど、その頃の彼女の日記には、破綻しつつも、はっとさせられるものがあります。

 「孤独になれば私の病気はいえる。そして今、私は孤独になることができる。私があるから・・・。内省してここに私があると思うことができる。この私がなかったのではないか。 そしてこの今という時が。われを忘れて考えにふけっていることはできても、こうして一人で自分にはなすことはできなかった。
 私はいえたのだ。精神分裂症から。私の病気でさえなかった。私がなかった・・。まわりもみわたしても閉ざされた部屋の中にいるような心地がした。さびしいという哀しさでさえなく、頼りなかった。私さえなくて頼りなかった。何もかも過去の遺産だった。過去にとらわれていた。自由がなかった。おそろしいことだった。自由にたのしんでいる。テニスを見ている女の人を後からみたときの苦しかったこと・・・ うらやむ、本当にうらやんだ。健康なすべての人を。みな自分があった。自分のたのしみが・・・。
 私は今ここに、私がいる。しずかに・・・ 何も持たず、希望も能力も友もなく、ここに・・・ しかししずかに。このおだやかな感じこそ私だったのではないか?何もなくても待っている私、責任をとり誠をつくす心の私。私は部屋を見回す。そして部屋があるのではなく、私があるのを感じる。真にここの主として。とざされてとらわれているのでない。」

「大空がある。星がきらめく、数えきれないほど・・・。そしてこれを見る私、それはこの大空のきらめきに答える私だ。大空を感じる私ではない。感じるということは何ものでもない。ここに私がいる。私はしずかに自分を感じる。この私、それはただ私のためにだけあるのだ。そして私はこれを大切にしなくてはならないのだ。」

この巨大な、私。どうやって取り扱えばいいのか。若い頃の苦しみはいつもこれ。だけどたいていはいつのまにか折り合いをつけて、つけざるをえなくなるか、誰かなにかが、それこそ騎士団長のように手助けをしてくれるかして切り抜けて、気がついたらそんなことがあったのも忘れて年をとっていきます。だけど、彼女の場合、そこから出ることができなかった。防具がなかった。素手で闘い、もがく彼女に、いいんだよ、とは誰も云ってくれなかった。

精神病理学のおそらく格好の材料なのかもしれません。でもなにより、その絶望的な格闘は、胸を打ちます。