ラボではjournall clubを他のラボと一緒にやってます。違う分野なので思いも寄らぬ内容が出てきて、気兼ねなく話せるので楽しいのですが、今日、他のラボのスタッフから紹介された一連の論文は衝撃的でした。
細胞生物学においては細胞を培養するのが実験の第一歩で、それぞれ、目的に応じた培養細胞を使います。我々はより普遍的なことを知りたいので、生きてれば何でもよくて、ごく一般的な汎用細胞を使ってます。培養細胞は、基本、無限に増えるがん細胞ですが、ただ、飼っている間はいくら増えても同じ遺伝子を同じだけ持ってると、何の疑いもなく思ってました。
ただ、昔から、汎用細胞、特にHeLaや、他の良く使う細胞はラボによって随分違う表現型を持つということはよく知られているし、その亜型を使い分けてもいます。今回、Broad Instituteのグループ(ToddGolub)はそれを進めて、あちこちのラボからMCF7という良く使われる培養細胞を集めて、それらの全遺伝子を調べるということをやりました。こちら
https://www.nature.com/articles/s41586-018-0409-3#Fig10
結構違うだろうなという予想はあったものの、その、違いのレベルが、実はとんでもないものだったという報告です。ラボ間での違いだけでなく、細胞に遺伝子を入れたり削ったりする場合は単一細胞を取ってそれから増やす、クローン化という操作を行いますが、その過程でもどんどん変わっていってるということが示されました。わかりやすいのが下の写真、MCF7の染色体を並べてますが、驚き。そもそも2倍体の方が少なく、4つのや5つのもあるし、ひとつのもある。しかも培養してから一年も経っていないのに、染色体の数すら各染色体で変わっています。
たとえば第五染色体は最初が4倍体、それからクローンを拾った時点で3つになり、半年経ったときにそのクローンが4つに戻ってます。13染色体は、2つあったのが一つになり、半年したら、これはゼロってこと?。。。この細胞は遺伝子が特に不安定な要素ということもありえるそうですが、そうはいっても、もっとも良く使われる細胞の一つです。小保方さんの実験も、こんなことに遭遇したせいだったのかもしれないと、ちらっと思ってしまいました。写真の合成はありえないにしても。
これでは、ゲノム編集するときに何個のアリーレの遺伝子変化を正解とすればいいのでしょう。普通は、2つ削れてるのがあれば両アリーレが変わってて、いずれもframeがずれてればその遺伝子はつぶれてるとみなすのが普通ですが(発現量のチェックはするにしても)、こんな染色体組成だと、そんなのはまったく根拠なし。まずはその遺伝が乗る染色体の数を調べないと。しかも実験している最中にやらないと意味ないし。彼らはどのsingle cloneも染色体のパターンも違ってたと言ってます。また、配列自体も変化してるとか。
私らはクローン化すると、クローンの「個性」が出てしまうので、よほど必要がない限りやらないでが(過去の経験から)、そういう感覚がそんなに意味があるとは思いもしませんでした。そもそもクローン化したらずっとその遺伝子型というのが常識でした。ただ、細胞を起こしたら、2-3ヶ月の培養で終了にして元ストックから起こしましょうとは言われてきてます。でもほとんどそれにしたがってるところはないでしょう。
これでは培養細胞の研究は、その細胞が相当なアバウトさを持ってることを前提で進めないといけない。論文では遺伝子ごとの変異を徹底的に調べて、どんどん変わっていく遺伝子がある事を見つけており、それは形質転換されたMCF7に限らず、”正常”とされるMCF10Aでも似たり寄ったりだったとか。。。
だから、細胞の実験は、やる度に違う結果になったり、しばらくするうちに再現されなくなったりすることも珍しくなのかもしれない。特にこれは、shRNAで遺伝子発現を抑制した細胞をクローニングすると、その表現型は割と早くに消えてしまうことも説明しそうだ。感覚的には納得できるものの、これは大変だ・・