これは辛かった。これはその記録。去年の今頃、前の年から続いたひどい睡眠不足で睡眠薬が不可欠になり、やめることができなくなってえらいめに。直接的な引き金は開業医からもらったブロチゾラム。レンドルミンと同じの。カテゴリー的にはそれほど強い薬では無いですが、それまでセルシンとデバスしか知らなかった身には十分強力。
眠れないと困るのでと飲んで次の日もそうかもと思って飲んで、の繰り返しで、忙しくて特に意識してなかったけど、気がついたら10日くらい経過。まずいかもと思ってやめると、眠れないのではという意識が残って、ほんとに眠れない。それでも寝てるんだからと思っても、ほぼ朝まで頭は冴えたまま、のように思えてました。
かといってブロチゾラムはどうも効き過ぎる感があり医者に言いにくいし、デバスは日本では長く使われてきたのでならばこちらにと替えて、割と眠れました。でも今度はデバスを飲まないと、不安が残り頭が熱くなって眠れない。これを飲まずに、いろんなグッズ、なんだか電気パルスで安眠を促すとかいうのなど、いろいろと試したけど、まったく効果なし。ハーブ、グリシン、なんかも全くだめ。そういう問題じゃないなと。
その頃、厚労省がこれまでの指針を改めて、GABA受容体に作用する薬はすべて他のに切り替えるべしという指針を出してきました。この根拠、論文などを見ても、いまいちはっきりしないところもあるのですが、とにかく世界的な流れに沿った形です。この告知も、デバスやめなければというプレッシャーになりました。デバスはベンゾジアゼピン系で、他に非ベンゾジアゼピン系のマンスリーが一般的らしいですが、所詮は同じくGABA受容体への作用薬物、有害性はやはりあるので、全く作用機序の違うロゼレムならよいだろうという内容でした。
それでロゼレムにしてみたところ、昼間の強烈な眠気という副作用を起こして、しかもこれがやめた後も長く引きずり、最悪なのは夜には眠れないという、なんで飲んでるのかわからない事になり、3日で断念、というのは、以前、ロゼレム、という題でこのブログで書きました。体質に寄るのでしょうが、この薬はヨーロッパでは使用が却下されたのは、そういう事情なのかもしれません。何でこんなのを推奨してるのか、厚労省。
ならば非ベンゾジアゼピン系のアモバンならどうだろうとやってみましたが、確かにこれもよく効きますし、ロゼレムのようなことはなかったが、ただ、妙な睡眠感覚で、寝てはいるけど寝た気がしない、夢を見た気がしないのは気のせいなのか、なんだか、これもやめたほうがいいという感じ。それにこの味はとても後を引き、断念。
文字通り、一睡もしない状態で朝日を迎え、次の日はさすがにうとうとくらいはできて、でもまたその次はほぼ一睡もできない、この一日おきの睡眠という状態。これで良く持つなとは思いましたが、どこかで寝てはいたのでしょう。でもそういう感覚はなし。しんどすぎて仕事にならないので、これは無理と、結局、デバスに戻るしかなかったわけですが、このときが一番辛かった。
どうやればやめれるのか。ふと気がついたのは、実はデバスは飲まないと眠れなくなってるけど、ほんとはその効果はたいしたことは無いのかもしれない、ということ。使ってる量も0.5mgと結構少ない。ならば、1錠でなく、3/4錠にしてもたいしてかわらないはず、とやってみたのが、結果的に正解。こうすることで自分を少しずつだますことができました。3/4錠は、1錠を半分にしてさらに半分にするので面倒ですが、眠れない苦労に比べれば、なんでもありません。
3/4錠でもぐっすり眠れました。だけど、このときは減らしてる感覚もあり、なんだか良い感じ。これでしばらく続けて、そろそろいいかと、半分にしてみました。 これも大丈夫。まだ飲んでる安心感。ならば1/4錠でどうだろう、とさらに減らしたときには、もう大丈夫。ほかに、ちょっと運動してできるだけ体をつかれるようにしたのもこのときは効果的だったのかもしれない。こうなる前も運動してみましたが、単に体が疲れるだけで頭はほてり、えらく辛かっただけでした。他に、寝る前に電子ブックを読むのもかなり有効でで、強烈に眠くなってきます。退屈な本を選ぶ必要はありましたが、逆に難易度の高い本を読むこともできました。面白い本にあたると困ったなあと思いつつも、本好きとしてはそれはそれでうれしいわけで。
デバス0.5mg錠の1/4錠なんて、ほとんど作用も実感ないくらいで、それで寝てるんだからとならばといつでもやめれるという気になり、結局、いつゼロにしたのか覚えてないですが、気がついたら飲まなくても眠ってました。減らし出してから2ヶ月くらいかかったかもしれませんが、それまでの辛さに比べれば、何でもありません。
難しかったのは、どうやれば自分の心をコントロールするか。研究者のせいか、あるいは持って生まれた疑い深い性格が研究者に向いてたのか、眠れるはず、とわかっていても、ほんとか、と心の底で疑ってます。これには少しずつ、実績を作ってなだめてやるしかなし。今にして思えば、ロゼレムが全くだめだったのは幸いだったかもしれない。
今でも、特に次の日に大事なことがあるときは眠れないかなと思うときもありますが、そのときはデバスを1/4錠でも飲めば良い。それにしても、辛い日々でした。
このブログを検索
2016年7月3日日曜日
2016年5月29日日曜日
アンダーアーマー、いわきFC
311のときには陸路の輸送がたたれて、多くの物資の輸送が滞りました。この結果、いろんな事が起きました。ちょっとできすぎた気もするわけですが、ともかく聞いたとおりに書くと、当時、宮城に物資を運ぼうとしていたunderarmourという会社の車が、いわきのところでそれから北に行けなくなり、立ち往生したそうです。当時のいわき市は大変なことになっていた原発に隣接し、危機的な状況でした。この会社はメリーランド大で元フットボールをしていたケビン・プランクが創設して、いまや世界的なブランドになったスポーツ下着のメーカーです。
そのときに車に乗っていたのがその日本総代理店となる「ドーム」の日本人COE。とにかく、いわきにとどまらざるをえなくなり、ふとあたりを見渡すと、ビジネスチャンスとしてのその土地、いわき市のメリットに気がついたということのようです。
たしかに輸送のことを考えるといわき市は東京に近く、冬暖かく夏涼しいので空調にかける費用が比較的少なくてすみ、港もあります。アンダーアーマーはそこに日本のビジネス拠点を置く決心をして、同時に自分たちの作るスポーツウェアを着るサッカーチームを育てることにしました。それだけでなく、その名の通り、ドーム型のスタジアムを作り、Jリーグを目指して、周囲には60店舗の店が並ぶモールをおいて、試合の日だけで無く、普通に人々で賑わう、街の拠点を作りたいという、夢のような構想を立てました。もちろん、いわき市はもろてをあげて支援を約束しています。
そこには、サッカーをエネルギーにした一つのコミュニティを作りたいという、元スポーツマンらしい願いもあります。そこで、いわきFCを買い取り、元オランダ代表のピーター・ハウストラを監督に呼び、地域リーグとして再出発することにしました。そして、チームを育ててスポンサーになるだけでなく、すべてのスポーツ選手の直面する最大の問題である、選手後のセカンドキャリアも同時に可能性を広げられるように、様々な仕掛けを考案してきています。今は選手は地域リーグでプロではないので、いわきFCの選手は彼らのスポーツウェアの会社で働けるようになっているというのもその第一歩。
また、郡山にある英会話を中心としたランゲージスクールもスポンサーにつけて選手たちが英語を学べるようにしています。同じようにJ1のベガルタ仙台もこの会社と契約して、選手たちは熱心に学んでいるとか。サッカーと英会話スクール、妙な感じもしますが、これにはいくつもメリットがあり、海外のチームとの交流において有効ですし、セカンドキャリアの可能性も広げます。
実際に、英国(スコットランド)グラスゴーのチーム、グラスゴーレンジャーズが日本の開拓にやってきていて、その英会話スクールの会社にまず日本の入り口としてコンタクトして、その社長が間に入って交渉を引き受けて、ベガルタといわきFCに選手を派遣し、また、スコットランドにも選手を送る事になったようです。この社長はグラスゴー出身で、震災でも日本にとどまり英語教育活動を活発にしているところが目にとまったらしい。
このとき、福島ユナイテッドにも交渉したそうですが、興味を示さなかったとのことです。とってもがっかり。選手にとっても福島市にとっても大きなチャンスだったのに。これは経営者のビジョンの問題。これまでユナイテッドのサポでしたが、いわきFCに乗り換えようかな。ともかく、福島に2つのチームが競合することになれば、それは素晴らしいですが。
そのときに車に乗っていたのがその日本総代理店となる「ドーム」の日本人COE。とにかく、いわきにとどまらざるをえなくなり、ふとあたりを見渡すと、ビジネスチャンスとしてのその土地、いわき市のメリットに気がついたということのようです。
たしかに輸送のことを考えるといわき市は東京に近く、冬暖かく夏涼しいので空調にかける費用が比較的少なくてすみ、港もあります。アンダーアーマーはそこに日本のビジネス拠点を置く決心をして、同時に自分たちの作るスポーツウェアを着るサッカーチームを育てることにしました。それだけでなく、その名の通り、ドーム型のスタジアムを作り、Jリーグを目指して、周囲には60店舗の店が並ぶモールをおいて、試合の日だけで無く、普通に人々で賑わう、街の拠点を作りたいという、夢のような構想を立てました。もちろん、いわき市はもろてをあげて支援を約束しています。
そこには、サッカーをエネルギーにした一つのコミュニティを作りたいという、元スポーツマンらしい願いもあります。そこで、いわきFCを買い取り、元オランダ代表のピーター・ハウストラを監督に呼び、地域リーグとして再出発することにしました。そして、チームを育ててスポンサーになるだけでなく、すべてのスポーツ選手の直面する最大の問題である、選手後のセカンドキャリアも同時に可能性を広げられるように、様々な仕掛けを考案してきています。今は選手は地域リーグでプロではないので、いわきFCの選手は彼らのスポーツウェアの会社で働けるようになっているというのもその第一歩。
また、郡山にある英会話を中心としたランゲージスクールもスポンサーにつけて選手たちが英語を学べるようにしています。同じようにJ1のベガルタ仙台もこの会社と契約して、選手たちは熱心に学んでいるとか。サッカーと英会話スクール、妙な感じもしますが、これにはいくつもメリットがあり、海外のチームとの交流において有効ですし、セカンドキャリアの可能性も広げます。
実際に、英国(スコットランド)グラスゴーのチーム、グラスゴーレンジャーズが日本の開拓にやってきていて、その英会話スクールの会社にまず日本の入り口としてコンタクトして、その社長が間に入って交渉を引き受けて、ベガルタといわきFCに選手を派遣し、また、スコットランドにも選手を送る事になったようです。この社長はグラスゴー出身で、震災でも日本にとどまり英語教育活動を活発にしているところが目にとまったらしい。
このとき、福島ユナイテッドにも交渉したそうですが、興味を示さなかったとのことです。とってもがっかり。選手にとっても福島市にとっても大きなチャンスだったのに。これは経営者のビジョンの問題。これまでユナイテッドのサポでしたが、いわきFCに乗り換えようかな。ともかく、福島に2つのチームが競合することになれば、それは素晴らしいですが。
2016年5月24日火曜日
感受体のおどり
abさんご以前と、以後とはまるで世界が違う可能性があるようにすら思えます。黒田夏子について、蓮實 重彦は、若い文学であることをこの前書いた会見の中で述べてました。そうかもしれない。
電子ブック、それもhontoで購入したものしか「abさんご」は持ってませんでした。ですが、あとで本も買いました。こんなことは初めて。普通は自炊して電子ブックで読んでも印象は変わらないものですが、abさんごは随分違う印象。おそらくそれは、あまりにも他の本と違っていて開かないとわからないからなのかもしれません。
13年の暮れに出された「感受体のおどり」は、最近になってはじめて知りました。「abさんご」は、ただただ奇跡としか思えませんでしたが、ここで黒田夏子が示したのは、「abさんご」とは文体を獲得した証であり、その記念日だった、ということでしょうか。「感受体のおどり」、この分厚い創作は、まさに源氏物語。あるいは聖書のよう。この世界は確実に存在し、100年たってもそれは古びないであろうことを確信させます。なぜか、この本は、この世界の救いのよう。
「・・・・まだ私のうしろに四つしか夏がなかった。五つ目の夏に識ったあのやるせなさを、あの土地に住んだ夏ごとに反芻した。太鼓がなつかしいのとも夏がなつかしいのともちがった。一つ幼かったじぶんがなつかしいというのでもなかった。はじめなければならない生を、耐えうるはるかさからよもしてきた宵の匂い、取って返すことのならない時間の哀しみにふと素手でさわってしまった宵の匂い、ただそのあえかさになぶられた。・・・」
はたしてこの本を裁断してInkPadにいれるものかどうか・・
電子ブック、それもhontoで購入したものしか「abさんご」は持ってませんでした。ですが、あとで本も買いました。こんなことは初めて。普通は自炊して電子ブックで読んでも印象は変わらないものですが、abさんごは随分違う印象。おそらくそれは、あまりにも他の本と違っていて開かないとわからないからなのかもしれません。
13年の暮れに出された「感受体のおどり」は、最近になってはじめて知りました。「abさんご」は、ただただ奇跡としか思えませんでしたが、ここで黒田夏子が示したのは、「abさんご」とは文体を獲得した証であり、その記念日だった、ということでしょうか。「感受体のおどり」、この分厚い創作は、まさに源氏物語。あるいは聖書のよう。この世界は確実に存在し、100年たってもそれは古びないであろうことを確信させます。なぜか、この本は、この世界の救いのよう。
「・・・・まだ私のうしろに四つしか夏がなかった。五つ目の夏に識ったあのやるせなさを、あの土地に住んだ夏ごとに反芻した。太鼓がなつかしいのとも夏がなつかしいのともちがった。一つ幼かったじぶんがなつかしいというのでもなかった。はじめなければならない生を、耐えうるはるかさからよもしてきた宵の匂い、取って返すことのならない時間の哀しみにふと素手でさわってしまった宵の匂い、ただそのあえかさになぶられた。・・・」
はたしてこの本を裁断してInkPadにいれるものかどうか・・
2016年5月18日水曜日
三島賞を蓮實重彦がもらうと
今年の三島賞に決まった蓮實重彦氏の会見が秀逸。かつて東大総長として入学式で、ほとんど字幕ルビ無しでは理解できないような難解な祝辞をおくった気骨の文学者らしい。
受賞を聞いてどのような感想を持ったかと聞かれて、「個人的なことなので申しあげません」。審査員の町田庸のコメントに対して感想はと聞かれ、「ありません」。記者団に他に質問はと司会がふると「ないことを期待します」。受賞について喜んでいらっしゃるんでしょうかと聞くと、「まったくよろこんでおりません。はた迷惑なことだと思っています」。この上ない。
その理由が説明されたので、ならば今の文化の状況にものたりなさをかんじているのかと聞かれて「いえ、それはありません」。それでも聞き出す司会がかろうじて引き出した、「『今晩だけはジャズのレコードを大きくかけるのはやめてくれ』と両親に言われたという話があり、その話を読んだときに、私はその方に対するおおいな羨望(せんぼう)を抱きまして」という、彼らしいコメントに、ではいつ頃書きたいと思ったのかと聞かれると、「書きたいなとは一度も思っておりません」。
かつて、ここまでの受賞コメントを述べた人はいないような気がする。奇妙な格好をしてみた人はいたが。それにしても、黒田夏子のabさんごの選考にも彼が関わったとは知らなかった。あれはすごい作品。いまだに新鮮で、たまに、その冒頭の文章が思い浮かびます。
蓮實重彦はかつてぱらぱらとめくっただけで、まともに読んだこともありません。ましてや小説を書いてるとも知らなかった。読んでみなければ。でも調べると、まだ出てなくてがっかり。ともかく、この人は、学問することはかっこいいことだと、80才の今でも全身で伝えている。最高だ。
受賞を聞いてどのような感想を持ったかと聞かれて、「個人的なことなので申しあげません」。審査員の町田庸のコメントに対して感想はと聞かれ、「ありません」。記者団に他に質問はと司会がふると「ないことを期待します」。受賞について喜んでいらっしゃるんでしょうかと聞くと、「まったくよろこんでおりません。はた迷惑なことだと思っています」。この上ない。
その理由が説明されたので、ならば今の文化の状況にものたりなさをかんじているのかと聞かれて「いえ、それはありません」。それでも聞き出す司会がかろうじて引き出した、「『今晩だけはジャズのレコードを大きくかけるのはやめてくれ』と両親に言われたという話があり、その話を読んだときに、私はその方に対するおおいな羨望(せんぼう)を抱きまして」という、彼らしいコメントに、ではいつ頃書きたいと思ったのかと聞かれると、「書きたいなとは一度も思っておりません」。
かつて、ここまでの受賞コメントを述べた人はいないような気がする。奇妙な格好をしてみた人はいたが。それにしても、黒田夏子のabさんごの選考にも彼が関わったとは知らなかった。あれはすごい作品。いまだに新鮮で、たまに、その冒頭の文章が思い浮かびます。
蓮實重彦はかつてぱらぱらとめくっただけで、まともに読んだこともありません。ましてや小説を書いてるとも知らなかった。読んでみなければ。でも調べると、まだ出てなくてがっかり。ともかく、この人は、学問することはかっこいいことだと、80才の今でも全身で伝えている。最高だ。
2016年5月4日水曜日
この横顔
この猫は横顔がかわいい。前住んでいた山の中の住宅地に捨てられてたこの兄弟たち、みんな真っ黒だったけど、この横顔はこの猫だけだった、かどうかはしりませんが。5匹くらいはいたと思います。集まったところなんか見たことないし、ありえないだろうし、わかるわけもないですが。
たぶん、山の中の、これだけ穏やかな住宅街なら誰か拾ってくれるんじゃないかということで捨てたのでしょう。どうしても飼えなくなったんでしょうね、ひどいけど、辛かったろうな。でも、どれだけ生き残ったんだろう。一番よく目にした活動的なかわいい猫は、早い時期に車にひかれて、とても辛い場面を目にしました。あと一匹、うちの住民となったこの子がまだ庭の温室住まいしてたころ、その餌を狙って何度も攻撃してきました。兄弟ながら、厳しい世界です。
あと一匹、首輪をしてたのもいました。その子は、少なくともどこかに引き取られてたはず。他に、ちらちら姿を現していたものもいました。でも、福島では、外猫に冬は厳しい。山に行けば食べるものは見つかっても、冬を切り抜けるのも、車を逃れるのも、そう長くは続きません。家猫になって幸せに暮らしてればと願うばかり。
兄弟の中で、一番小さくて弱かったのがこの猫でした。体のなりが小さく、筋力が無いので、ジャンプして飛べる高さも、せいぜい椅子くらい。5ヶ月間くらいを、外でよく生き延びたものです。小さくて活動的でなくて、何かあぶなそうなことを察知すると黙ってじっとしてるのが逆に良かったのでしょう。進化は必ずしも強くて大きなものが有利なわけではない、ということの生きる証のような(おおげさ)ものかと。
2016年4月13日水曜日
ペンギンの憂鬱
このところ、床に入るのが楽しみでした。この本のおかげ。以前から目をつけておいた本で、ネットで買って、裁断してInkPadに入れて、ちびりちびり毎晩読んでました。読み終えた今、ペンギンロスで眠れなくなってしまった・・
ペンギンを部屋に飼ってる売れない作家、ただ、彼は死亡記事のストックを作っておくという新しい仕事で収入を得ている。こういう状況設定だけで、たぶん、ひとりでに物語が動き出したのかな。妙に現実感があり、寝る前に読んでるもので、物語と夢との境が曖昧になってました。最後の数十ページ、ペンギンが病気になってしまって以降は、読むのをやめることもできず、おかげでその日は夜明けを見ることに。
クルコフという、キエフ、ウクライナの作家です。この妙な現実感、おそらく次の画面に映るときに、普通なら段落を切り、スペースを空けるのに、この作品では、段落の間をおかずに説明も無しに全然違う場面に切り替わっていることによるのかな。まるで日常のように切れ目がない。独特です。現実がぐいぐい日常に入り込んできます。ほとんど、ペンギンが部屋の中にいるような日々でした。
それほどうまい文章でも見事な表現とも思えないのだけど、少々謎なストーリーに引きこまれます。やはりペンギンのミーシャは死んでしまったと見るべきなのでしょうが、その喪失感は半端ありません。もしかすると、ウクライナの作家の本を読んだのは、長い読書歴の中ではじめてかもしれない。ロシア文学としてイメージするものとはちょっと違いますが、アネクドートっぽいところもあり、なんとなくロシアの民話のトーンも備えた、物語を語る喜びに溢れた作品でした。
なんとも、終わってしまったのが残念。
ペンギンを部屋に飼ってる売れない作家、ただ、彼は死亡記事のストックを作っておくという新しい仕事で収入を得ている。こういう状況設定だけで、たぶん、ひとりでに物語が動き出したのかな。妙に現実感があり、寝る前に読んでるもので、物語と夢との境が曖昧になってました。最後の数十ページ、ペンギンが病気になってしまって以降は、読むのをやめることもできず、おかげでその日は夜明けを見ることに。
クルコフという、キエフ、ウクライナの作家です。この妙な現実感、おそらく次の画面に映るときに、普通なら段落を切り、スペースを空けるのに、この作品では、段落の間をおかずに説明も無しに全然違う場面に切り替わっていることによるのかな。まるで日常のように切れ目がない。独特です。現実がぐいぐい日常に入り込んできます。ほとんど、ペンギンが部屋の中にいるような日々でした。
それほどうまい文章でも見事な表現とも思えないのだけど、少々謎なストーリーに引きこまれます。やはりペンギンのミーシャは死んでしまったと見るべきなのでしょうが、その喪失感は半端ありません。もしかすると、ウクライナの作家の本を読んだのは、長い読書歴の中ではじめてかもしれない。ロシア文学としてイメージするものとはちょっと違いますが、アネクドートっぽいところもあり、なんとなくロシアの民話のトーンも備えた、物語を語る喜びに溢れた作品でした。
なんとも、終わってしまったのが残念。
2016年3月12日土曜日
cellvis
細胞生物学者なので、培養に使うディッシュの品質にはうるさいわけですが、ただ、お値段にうるさいのも当然。特に分子の動きなどを見るにはガラスを底に貼り付けたディッシュ、ガラスボトムディッシュというのを日々使いますが、これがなかなか高い。こんなもの何でと思うくらいします。前も書きましたが。
CellvisというLAにある中国の会社(というのも妙だけど、中国で作ってそこから発送して、このLAではそういう取り扱いだけやってるところ)があり、これが輸入商社を介さずに直接購入できて、画期的なお値段で、このところ使ってます。細胞の生え方、水のはじき具合も良く、なかなか好印象。これまで、デフォールトで使ってきたMatTekに比べてずっと良い。MatTekは、日本の専属代理店ができたようで、買う気も無くなりました。
たまたまついでがあったので、この細胞が生える表面を走査電子顕微鏡で見てみました。もちろん、何にもないのがベストですが、大抵は何か見えます。こちらがMatTek社のガラスの培養面
一万倍にあげてるので、なにかは見えますが、規則正しい感じ。良く洗って磨いてあります。ガラスの縁もきれいに丸く削っています。さすが。
ではcellvisはどうか。
む・・・ 洗ってないのか研磨が足りないのか。数ミクロンの長い結晶のようなのはガラスかな。最後の処理を省くことで安くしているのかもしれません。もっとも細胞はきれいな表面を好むとは限らず、実際に細胞の培養具合はCellVisのほうが良いので、何とも言えませんが、再現性や、場所の均一性という点で、ちょっと微妙。
CellvisというLAにある中国の会社(というのも妙だけど、中国で作ってそこから発送して、このLAではそういう取り扱いだけやってるところ)があり、これが輸入商社を介さずに直接購入できて、画期的なお値段で、このところ使ってます。細胞の生え方、水のはじき具合も良く、なかなか好印象。これまで、デフォールトで使ってきたMatTekに比べてずっと良い。MatTekは、日本の専属代理店ができたようで、買う気も無くなりました。
たまたまついでがあったので、この細胞が生える表面を走査電子顕微鏡で見てみました。もちろん、何にもないのがベストですが、大抵は何か見えます。こちらがMatTek社のガラスの培養面
一万倍にあげてるので、なにかは見えますが、規則正しい感じ。良く洗って磨いてあります。ガラスの縁もきれいに丸く削っています。さすが。
ではcellvisはどうか。
む・・・ 洗ってないのか研磨が足りないのか。数ミクロンの長い結晶のようなのはガラスかな。最後の処理を省くことで安くしているのかもしれません。もっとも細胞はきれいな表面を好むとは限らず、実際に細胞の培養具合はCellVisのほうが良いので、何とも言えませんが、再現性や、場所の均一性という点で、ちょっと微妙。
登録:
投稿 (Atom)