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2019年3月22日金曜日

VPNで勝手なキーリピートが増えた件

外にいるときはVPNでラボのPCにアクセスして、そこでソフトを動かして、大学にいつもいる振りをしてますが、最近、打ったキーが勝手にリピートするようになりました。つまり、aとうつと、aaaaaaになり、日本語では、そうだ、のつもりが、そうだあああああああああ、と絶叫調になったり、最悪なのは、backspaceで一文字消したつもりが、前に打った文章全部を消してしまったりと、なんだか妙というより、落ち着いて打てなくなりました。

システム担当に聞きましたが、ネットワークの混雑のせいかもしれないので、対症療法的にキーボードの設定を変えてみたら、とsuggestion。やってみたところ、この設定に反応しません。

どうも妙で、何か頭の中で引っかかるところがあり、ネットで調べているうちに、以前、「Windowsでキーボードの速度の限界を突破する」という@ka_さんの記事を参考にして、レジストリをいじっていたことを思い出しました。

この方の通りに、レジストリのControlPanel>Accessibility>Keyboard Responseの中のAutoRepeatDelayをデフォールトが1000のところを170に、AutoRepeatRateを500のところを9に、あとBounceTimeやFlagsも変えてました。何と素直なこと。

そのときはこれでキーのレスポンスが最速になったと 喜んでました。だけど、どうもこれが、現在の学内ネットワークの状況にあわなくなってるのかな。昨年度に比べて設備も人も大幅に増えた大学なので、ネットワークが追いついてない、ということなのか。

そこのところは仕方ないので、こちらの設定変更でと、試行錯誤の末、AutoRepeatDelayは250、AutoRepeatRateは50に変更。ややもたつき気味ですが、こちらも年とってレスポンスが悪くなってるのでちょうどいいかな、と遅くして様子見です。

→と思ったけど、まだそこまでもたついてないので、 AutoRepeatRateは30に変更。今のところ、これくらいかな。あ、ついでに、このブログの白黒を反転して、文字を少し大きくしました。

→→ だけどまだVPN接続で、勝手なリピートが出るので、他のパラメータをいじってみました。まずFlagsをなんだろうと、誰かがやってたので126にしておいて、DelayBeforeAcceptanceを300にしてみたところ、、レスポンスするまでにdelayが出るようになりました。AutoRepeatDelayとにてますが、これはたぶん、repeatか、それ以外のdelayかの違いなのかな。

ならばと、DelayBeforeAcceptanceとFlagを適当にいじってると、再起動したときにキーボードが効かずログインすらできなくなりました。。。焦りましたがログイン画面の簡単操作のなかにあるソフトキーボードでログインして、設定を、flagを59に戻して、あとDelayBeforeAcceptanceを30と、小さな、ゼロで無い値を入れて見たところ、復活して、通常使用はてきぱき動きます。問題は、VPNですが、どうかな。

→→→良さそうです。 結局、DelayBeforeAcceptanceを30にしたのが正解だったのかな。

 →→→→でもやっぱりだめ。おとなしく、WIndowsのキーボードの設定の、表示までの待ち時間、を最速ではなくて、一つ遅いものに設定したところが、妥協点ですか。キー入力のときにちょっとひっかかるのがいまいちだけど、これはやむなし。

2019年3月16日土曜日

アレルケアの謎

コリン作動性蕁麻疹、今は単に汗アレルギーとかいわれてますが、このためにとくに食事のあとは人に会えないくらいひどいぽつぽつができてました。札幌にいた頃は最悪で、これを抑えるためにアレグラなどの抗アレルギー薬を使いすぎてしまったせいで、アレグラなどの抗ヒスタミン薬自体に対して蕁麻疹がでるようになり、一番ひどかったときには、ぽつぽつが腫れて、顔中が腫れ上がるようになってしまい、途方に暮れてました。研究室にいたら人に会うので、外に出歩いて、誰もいない通りを歩いてました。なによりも心配だったのは気管狭窄。もしも気管が腫れても呼吸だけは確保できるように、ストローだけはいつもバックにしのばせてました。幸い、そんなことにはならなかったですが。私の場合、普通のアレルギーと違って、体の表面だけの反応でした。おそらく汗に対するアレルギーだからかな。

福島に来てからはだいぶよくなったのですが、それでも臨床の学生に、実験室で、こうやるのだよと教えてると、そのピペットマンを持つ手に赤いぽつぽつができてるので、大丈夫ですか、何か検査されたほうがとだいぶ心配されました。先生が倒れたら学位がやばいかもと思われたのでしょうが、あまりよくある症状ではなかったのかもしれません。

そんな頃、なにかの感染症になって抗生物質を長く飲んでたときに、抗生物質で腸内細菌が死滅するからと、ミヤリサン(酪酸菌 宮入菌)と納豆を彼は勧めてくれました。このときもカルピスのアレルケア、L-92は飲んでたのですが。感染症は直ぐに消え、抗生物質はそのときだけでしたが、そのあとも、ミヤリサンと納豆はずっと飲んでました。気がついたら、いつしか、コリン作動性蕁麻疹も消えてました。

同時に、花粉症も気がついたら消えてました。コリン作動性蕁麻疹に比べたら、花粉症はたいしたことないですが、それでも不快には違いありません。それが、春先になって車の表面が黄色くなるくらい花粉が飛んでいてもほぼ平気。福島に来た時分は春先は花粉症とPM2.5で苦しめられて、春はとってもいやでしたが。

アレルケアの液体飲料のは大量に買い込んでいて、311の時、水が貴重になったときは、このストックのアレルケアドリンクを水代わりに飲んでました。そのせいか311の春は花粉症は全く出ませんでした。もっとも、仮にでていたとしても、それどころではなかったわけですが。そのストックもなくなり、花粉症もしばらく出てなかったので、もう要らないかと昨年末からやめてみました。だけど、2月中ぐらいからなんとなく目が痒くなり、むずむずするようになりました。これにつれて、また、手に赤いぽつぽつもでるようになりました。

これはまずいと錠剤のアレルケアを買って飲んでましたが、たいして効果なし。やむなく、ドリンクタイプをまた買って、毎日少量ずつ飲んでたところ、今度はてきめん。積もった花粉を指で掃除できるくらいになりました。

つまり、どうやら、液体のL92乳酸菌が私には有効なようです。 これは前も同じような事を書いたことがあり、かなり再現性高い。それをおそらくミヤリサンは助けるのかな。なぜ液体が良いのでしょう。たぶん、摂取している乳酸菌の量はたいして変わらないか、むしろ液体のほうが少ないくらいのはずです。揮発する有効成分があるとは思えないので、乳酸菌の凍結乾燥のせいではないだろうし。胃の中では個体でも腸に入った頃には溶けて液体タイプと同じになってるはずなので。

それとも、この菌の作用部位が上の方、胃に近い腸の部分、十二指腸か、小腸の入り口あたりにあるのからでしょうか?だけど、普通、腸内免疫の主体とされている免疫の監視装置のバイエル板はもっと後ろの方、回腸で多いはずで、そういうこともなさそうです。ならば、錠剤タイプを溶かし飲んで効果を比較すれば、わかるかもしれないけど、これはやらないかな。謎ですが、ともかく液体タイプのアレルケアは効きます。

2019年3月11日月曜日

小さなパン屋さん

明日は3月11日。NHKで被爆対応に追われた医師らの苦悩の日々の記録が放映されてました。大学のよく知ってる人も出ていて、あまりに率直すぎて、大学的にどうなのかとは思いつつも、あれが正直なところ。医者とはいっても放射線に関する知識は一般人に毛が生えた程度です。放射線を日々取り扱う専門医ですら、診療以外の話になるとちっともあてになりませんでした。

番組では、対応にあたっていたスタッフが一人また一人と壊れて、泣き出していったと災害医学の教授が話してました。全くその通り、思いだしました。そこまで言うかとは思いましたが、あっさり言ってしまうのがいかにも彼らしい。

その当時、大学では、各部局から代表者が出ることになっていた全体者会議が毎日開かれ(たしか直後は朝夕と二回開かれてました)、浜通りで何が起きているか、今日明日にどのような医療が必要かを情報交換し、対応が話し合われてました。でも、最も大事な課題は、まず医者の心が壊れないようにすること。

医者でもこういうときに強い人と苦手な人がいます。これは平時の有能さとはほぼ関係なし。そこでこの会議では、危機になるほどアドレナリンが出る人が仕切ることになりました。毎回、どうしようもないようなギャグを誰かがいう事をノルマとすることで、会議では心の平穏を取り戻すことになりました。

壊れる要素はいろいろありました。これほどの災害で大勢の人が亡くなることは、医者といえども未経験だから仕方ありません。ほかにいろんなプレッシャーがありました。私にとって、おそらく多くの医師にとっても、もっとも辛かったのはガソリンがなかったことでした。水もなかったけど、大学にさえいれば飲み水に困ることはなかったし、トイレは不快だったとはいえ、それで死ぬことはないので。

ガソリンは、街ではほぼ入手できないので、各講座では、たしか40Lまで配給されてましたが、結局、うちでは使いませんでした。ただ、もし原子炉の冷却がうまく行かず大規模な爆発につながった場合、ぎりぎりまでとどまるにしても最後の段階では退避命令が出ることも想定されていました。私らはそれでも残ることにしてましたが、それにしても、ガソリンがあって行動の自由が確保された状態で残ることを選択することと、それがないままで、つまり残るしかないこととは、精神的に大きな違いがあります。

原子炉の中の温度に一喜一憂するなか、気持ちを軽くしてくれたのは、近くの講座の若い人が、残り少ないガソリン使って、温泉行ってきましたよ、と脳天気に話してくれたこと。意外とあの時期、山の上の方の温泉では営業しているところがあったのです。たぶん、この辺が福島の人のやさしさ。きっと、温泉は勝手にでてるわけだし、市内では誰もが水が出ないと困ってんだからと、いうことなんでしょう。

なんだか、それを聞いて、明るくなりました。この時期に温泉かよ、まったく、と口ではいったものの、そういう軽さは救いでした。深刻なだけでは持たないなと思ったものです。

そういえば、あの時期、お店の対応もはっきりと分かれていました。ガソリンスタンドでも、供給が極度に減った状態でも平時と同じ値段をつけてたところが大部分だった中で、値段をつり上げたところもありました。ま、商売の原点ではありますが。

タクシーでも、まったく対応が分かれ、最悪の時期でも、まったく普通に市内を走ってくれた松川観光というタクシー会社には今でも感謝しています。

ものがない、水もないなか、うちにはまだ材料があるのでとそれがつきるまでやるからと、いつもと同じ値段でパンを売ってくれてた小さなパン屋さんもありました。誰も最小限しか買わないので、いくつも買い込んでおきたいのをぐっとこらえて、だけど、たしか、何か言い訳しながら、3つか4つ買ってしまったのは、ちょっと恥ずかしかった。

もちろん、なによりも原発の中に最悪の時期でも捨てずに大勢の作業員が残っていてくれたことが最大の支え。政府には何も期待してなかったけど、普通の人の生きようという強い気持ちを知ったことが、あのときのぎりぎりの我々のメンタルを救ってくれたように思います。

2019年2月13日水曜日

IQ84

「青豆は自分の中にあるいくつかの小部屋を訪れ、魚が川を遡るように時間を遡った。そこには見慣れた光景があり、長く忘れていた匂いがあった。」

ながく読んでいたIQ84が連休の最後の夜についに読了。前に一度読んでましたが、やはり読み方がだめ。何読んでたんだろうと思います。

新たに読みふけっていると、なんだか具合悪くて横になるのも辛かった夜も、なんとかしのげました。私の本、kobo aura oneにはIQ84として3冊分、1500ページを超えるこの大長編の全体がはいってますが、BOOK2を終えて、Book3をさて、と続けて読み出したとき、なんと、この本は読んでなかったことに気がつきました。そういえば、以前はそんなに熱心じゃなかったので、買っただけであとで読もうと思って、そのまんま、書棚に並べてました。単純にうれしかった。まだ読んでいない彼の長編があったなんて。

「彼女の生きた感情はどこかよそにあるらしかった。少なくともこの場所にはない。別のどこかにある鍵のかかった小さな暗い部屋に、その心はしまい込まれてしまったようだった。」

BOOK2の終わり、青豆が高速道路上に一人たち、いぶかしげに眺めるベンツの女性を尻目に、ヘックラー&コッホをくわえて首都高の上で息絶え、かたや、天吾が青豆を探す決意を固める、このシーンは、とても感動的でした。

だけど、BOOK3では、なんと青豆は生きてたんだ、というところからはじまり、まるで手塚治虫の長編のようなクライマックス。決して皮肉ってるわけでなく、これだけ面白く、読むのが楽しみだった小説は、ほんの数えるくらいしかありません。

この壮大で神秘的な物語、 これを知らない人生は寂しい、というのが読み終えたときの率直な感想。村上春樹は、三題噺が得意で、お題をもらえばいくらでも話は出てくるといってましたが、それがよくわかります。この作品は最初BOOK1と2がでて、しばらくしてから3が発行されて驚きと歓声で迎えられました。これにはたぶん経緯があり、BOOK2の時点で、いったんはおわってたのかなと思います。だけど、この物語はもっと続く意志を持っており、彼はそれを書きとめた、というところでしょうか。

人は物語るもの。かつて人間がまだ洞窟の中で暮らしていた頃でも、おとなたちはたき火の前で外の闇に耳をそばだてながら、子どもたちに空の星たちの闘いのお話を聞かせていたに違いありません。

 それにしても、なんて見事な表現、イメージなんだろう。

「・・・まるでそこにかぶっていたほこりが夜の雨に洗い流されるみたいに。
不安と期待とおびえが、がらんとした教室の隅々にまで散らばり、臆病な小動物のように様々な事物の中にこっそり身をひそめていた。数式の消し残しのある黒板、折れて短くなったチョーク、日焼けした安物のカーテン、教壇の花瓶に挿された花、壁にピンでとめられた子どもたちの描いた絵、教壇の背後にかかった世界地図、床のワックスの匂い、揺れるカーテン、窓の外から聞こえてくる歓声ーそこにある情景を天吾はとても克明に頭の中に再現することができた。」

2019年1月19日土曜日

クリックボード履歴

Windows10の更新には悩まされて、いかに回避するかをいろいろとやってみてはいますが、どれも決定打がなく、今回も、知らぬうちに更新され再起動されてしまい、開いていたファイルが消えてしまった。。。立ち上げていたオフィスが自動更新したのは当然としても、PDF-XChange-Editorも設定で自動更新を指定できるのでいいとしても、研究系のソフトはほぼダメ。どれかなくなってるはずだけど、それがどれかがわからないという状態。

とはいっても、WIndows10はいつのまにやら便利な機能もつけてはいます。コピー履歴機能がそのひとつ。これまでマルチコピーのための常駐ソフトがいくつも出ては入れて、でもいまいちで使わなくなってましたが、ようやくOSで履歴保存として対応してくれるようになりました。Windowsの設定のところからシステムにはいってクリップボードを開いて、クリップボードの履歴をオンにするだけ。

コピーするのは普通にCont+Cで、貼り付けに、Cont+Vのかわりに、Win + vを使います。これで過去に保存したものが出てくるので、ひとつの文書から何カ所かコピーしておいて、別のファイルで貼り付けるときに、ペースト内容を選択できます。これはかなり便利。

ただ私のキーボードはRealforceなのでWinキーがないので、まずキーマッピングツールをどこから持ってきてインストールして、使ってないキーをWinに割り当てました。意外とこれは便利かもしれない。

他にも新たなフォントも入ってました。UDというのがついた日本語フォントのセットが2種類、BZタイプと教科書タイプ、入っています。もともとWIndows10のデフォールトは遊ゴシックで、とてもみっともなくて見にくいフォントなので、外してMeiryoのを使ってましたが、これよりも良い感じ。だけど、システムフォントの変更はそれほど容易じゃないのでアプリだけですが。

なにか目に見える良いことがないとね。

>>と思ったら、Outlook2016でメールの検索ができない・・ このトラブル、以前も何度か起きてて、今回もOSの更新が原因だな。マニュアルで探すなんて、時間かかりすぎ。そのうち修正されるだろうからほっておこう。
>>と思ったけど、これがないと仕事にならない。ならばインストールされた修正プログラムをアンインストールしたものの、変わらず。
>>ネットを見ると、マイクロソフトのサポートページは、毎度のことながらこの件でもとてもプロとは思えない回答で、ちっとも役に立たず。が、IT系のひろみのみさんが書いてくれてたやりかたで解決しました。これは簡単で、Outlookの検索>検索ツール>インデックスの状況、を見ると、インデックスをつけてる作業中である事がわかり、これが0になると、元通りになりました。どこかの時点でインデックスがはずれて、つけ直していたのか、あるいは、ここを開くことでプロンプトになったのかは不明。ともかく、これで解決。

2019年1月14日月曜日

冬の日

おだやかな陽射しのなか、ぼろぼろに使い込まれたカゴのなかでお昼寝。大好きな時間らしい。

年末の大雪のときに、半世紀ぶりに(!)女房と雪だるまを作って展示しておいたのだけど、すでにこんな状態。寒さは続くもののお日様の力は南東北ならでは。


夜にはこんな状態になります。


 つまり、一日寝てます。

2019年1月6日日曜日

スーパープレミアムソフトWバニラリッチのDVD

待望のDVD、チェルフィッシュの「スーパープレミアムソフトWバニラリッチ」が出ていたので、先月買って、正月に見ました。この劇団と岡田利規は、なにげにつけたEテレで衝撃を受け、何度も録画を見てました。こういう衝撃は、人生で何度もありません。

最初は、大学院のときに、博多駅の近くの吉塚のアパートの4階に住んでた時のこと。ふと見ていた教育テレビで舞踏フェスティバルが放送されていて、名前だけは知ってたのでなにげに見ていたら、土方巽が出てきて、彼が舞踏について語ったそのわずか数分くらいの話。これが強烈で、繰り返し見て、来る人来る人に見せてはうさん臭がられてました。一体、何が言いたいのかよくわからない、だけど彼の語るそのイメージはあまりにも強烈。表現者とはまったく別次元の人間である事を認識した一瞬でした。

2回目は、何度も書いた、1987年か、88年にモントリオールで行われたMondern dance festivalの一環だった、勅使河原三郎。このモントリオール大学の講堂で行われたパフォーマンスは別格でした。まったく彼について情報のないままに入った会場で、お香の炊きつめられた場内で、ステージの奥の暗闇の中でうごめく彼のダンス。あれほど鮮烈だったものはありません。帰りの地下鉄の中でも呆然として、女房と顔を見合わせていました。

それから随分時を経て、この地福島で夜中に見た20分くらいのチェルフィッシュによるこの劇。最初は、一体、何でこの人こんなに動いてるのかわからず、ただ見ていただけですが、次第に引きこまれていきました。だけど見たのは、最後の1/3だけだったので、その全編が見たかった。オンデマンドとかでみれるのかなあといろいろとさがしました。

年末にふと思い立って検索したらこのDVDを発見。ふつう、演劇などの舞台パフォーマンスをテレビで見ても実際に見たときの印象とは大きく離れていて、がっかりすることもよくあります。というより、大抵そうなります。細部がよく見えるかということよりも、全体の動きがつくる大きなうねり・拍動と、その動きがつくる音、痛いくらいに張り詰めた空気が、パフォーマンスではもっとも大事。

これはドイツのマンハイム劇場の委嘱作品で、どこにでもある日本のコンビニでの日常を描いたものです。この作品、日本よりも海外での公演の方が多いようですが、生で見れた幸運な人はそんなに多くないかもしれない。だけど、この作品のDVD、意外なくらいとってもよかった。 もちろん、内容的に胸を揺すぶられるようなものではないし、高度に完成されたとか濃縮されたというのとは異なるものですが、ゲーム音楽のように演奏されるバッハの平均律に忠実に沿って展開され、異様なまでにデフォルメされた身体の動きを伴ったコンビニでの中身のない店員や客とのやりとりは、鮮烈。

なにより、これを輝かせているのは、新入りの店員、ミズタニさん(川崎真理子)。奇妙に誇張されたふわふわした身体表現、最近ではチェルフィッシュはダンスパフォーマンスのフェスティバルにも呼ばれてるようで、これがチェルフィッシュの特徴になってます。中でも、この人のパフォーマンスは特に饒舌です。いい人であろうとする善良なコンビニ店員として、我々がいつも聞いてる言葉と表情にこの動きが重なると、とても不思議な空気が生まれます。

この作品は、もちろん、このDVDの解説にあったようにコンビニに象徴される現代日本の生きにくさを描いたものです。だけどそう言ってしまえば、ちっとも面白くなく、見るわけもなし。だけどそれは表面的なことで、これが惹きつける理由には、もっとなにか普遍的な、この世界の悩みの表出のようなものがあるから、なのかな。矢沢誠演じる店長の最後の、まるでロボットの叫びのような独白には、同時代人としての共感させるものがあるかもしれない。
 

このアイロニー満載の題名、何度読んでも覚えられないのでネットで調べていると、なんと、今月末に東京で長く上演されることを発見。 テキストは変えず、動きをパワーアップしてもっとスタイリッシュに、という感じだとか。出演者を見ると、水谷さんはいるけど、矢沢誠がいません。店長がいない、どうなるんだろう。今頃チケットもないだろうし、再演が勝ることはないのは世の習い、それに会場は、よくわからないけど、小劇場が好きな平土間(苦手・・)のよう。行かないかな。