細胞生物学者なので、培養に使うディッシュの品質にはうるさいわけですが、ただ、お値段にうるさいのも当然。特に分子の動きなどを見るにはガラスを底に貼り付けたディッシュ、ガラスボトムディッシュというのを日々使いますが、これがなかなか高い。こんなもの何でと思うくらいします。前も書きましたが。
CellvisというLAにある中国の会社(というのも妙だけど、中国で作ってそこから発送して、このLAではそういう取り扱いだけやってるところ)があり、これが輸入商社を介さずに直接購入できて、画期的なお値段で、このところ使ってます。細胞の生え方、水のはじき具合も良く、なかなか好印象。これまで、デフォールトで使ってきたMatTekに比べてずっと良い。MatTekは、日本の専属代理店ができたようで、買う気も無くなりました。
たまたまついでがあったので、この細胞が生える表面を走査電子顕微鏡で見てみました。もちろん、何にもないのがベストですが、大抵は何か見えます。こちらがMatTek社のガラスの培養面
一万倍にあげてるので、なにかは見えますが、規則正しい感じ。良く洗って磨いてあります。ガラスの縁もきれいに丸く削っています。さすが。
ではcellvisはどうか。
む・・・ 洗ってないのか研磨が足りないのか。数ミクロンの長い結晶のようなのはガラスかな。最後の処理を省くことで安くしているのかもしれません。もっとも細胞はきれいな表面を好むとは限らず、実際に細胞の培養具合はCellVisのほうが良いので、何とも言えませんが、再現性や、場所の均一性という点で、ちょっと微妙。
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2016年2月20日土曜日
我々はこの社会を選んできた
チェンバロによるフーガの技法の美しい演奏に、これは誰、とサイトを見ると、Mitsuko Uchida, Shubertとなってて、違う、と力が抜けてしまう、そんな週末。2月ですが、雨がひたひた降ってます。
日常ではほとんど意識しなくてもも、危機に面したときにその人の思想が良く現れるものです。哲学者でもない限り、思想なんてほんとに意識しないものですが、311のあとに必死に書き綴っていたブログを読み返していて、しきりに出てくるのが、それは我々の選択、という言葉。避難するのか、原発を止めるべきなのか。これからの福島をどうしていくのか。
この前、Eテレのサルトルの紹介番組を見ていて、思い出しました。高校時代、彼の「嘔吐」はバイブルでした。何があんなに高校性を惹きつけたのか、懸命に何度も何度も読んでました。参考書の傍らに抱えてました。それは、かっこいいからじゃなくて、そうする必要があった、から。
人間には選択する自由がある、あるいは、だからこその人間である、ということ、だからロカンタンくんは公園のベンチで、自分が座っているものに対して吐き気を催す。だから人間には希望がある、そう何度もつぶやくことが、ほとんど異国のような高校での自分にとって必須だった、のかもしれない。今はそう思えます。
311のとき、何度も確認したのは、我々はこの社会を選んできた、原発に支えられた社会を選択してきた、こと。これは私の自由な選択であり 原発が爆発するかもしれないという危機感があったときにも、ここまでの距離を考えれば、この程度の放射能の悲惨ですんでいる時点で避難する必要は無い、それは、それこそ現存在(違う分野ののtermですが)をかけた選択でした。それは、考えてみれば、その自由は正気を保つすべ、でした。
そうか、ロカンタンに教わったのか、今頃になって、Eテレの、良くできたサルトルの番組を見ながら、ようやく納得したものです。
それにしても、サルトルの最後のインタビュー、視力を失い、死の淵にたった彼のひとこと、「世界は醜く、不正で希望が無いように見える。そういったことが、こうした世界の中で死のうとしているひとりの老人の静かな絶望だ。だが、私はこれに抵抗し、自分の中ではわかっているのだが、希望の中で死んでいく。ただ、この希望、これを作り出さねばならない。」、まったく、なんていう知性、この格闘こそが彼の魅力でした。我々はいつでも希望を獲得することができる、そんな自由がある。実に40年ぶりに思い出しました。
日常ではほとんど意識しなくてもも、危機に面したときにその人の思想が良く現れるものです。哲学者でもない限り、思想なんてほんとに意識しないものですが、311のあとに必死に書き綴っていたブログを読み返していて、しきりに出てくるのが、それは我々の選択、という言葉。避難するのか、原発を止めるべきなのか。これからの福島をどうしていくのか。
この前、Eテレのサルトルの紹介番組を見ていて、思い出しました。高校時代、彼の「嘔吐」はバイブルでした。何があんなに高校性を惹きつけたのか、懸命に何度も何度も読んでました。参考書の傍らに抱えてました。それは、かっこいいからじゃなくて、そうする必要があった、から。
人間には選択する自由がある、あるいは、だからこその人間である、ということ、だからロカンタンくんは公園のベンチで、自分が座っているものに対して吐き気を催す。だから人間には希望がある、そう何度もつぶやくことが、ほとんど異国のような高校での自分にとって必須だった、のかもしれない。今はそう思えます。
311のとき、何度も確認したのは、我々はこの社会を選んできた、原発に支えられた社会を選択してきた、こと。これは私の自由な選択であり 原発が爆発するかもしれないという危機感があったときにも、ここまでの距離を考えれば、この程度の放射能の悲惨ですんでいる時点で避難する必要は無い、それは、それこそ現存在(違う分野ののtermですが)をかけた選択でした。それは、考えてみれば、その自由は正気を保つすべ、でした。
そうか、ロカンタンに教わったのか、今頃になって、Eテレの、良くできたサルトルの番組を見ながら、ようやく納得したものです。
それにしても、サルトルの最後のインタビュー、視力を失い、死の淵にたった彼のひとこと、「世界は醜く、不正で希望が無いように見える。そういったことが、こうした世界の中で死のうとしているひとりの老人の静かな絶望だ。だが、私はこれに抵抗し、自分の中ではわかっているのだが、希望の中で死んでいく。ただ、この希望、これを作り出さねばならない。」、まったく、なんていう知性、この格闘こそが彼の魅力でした。我々はいつでも希望を獲得することができる、そんな自由がある。実に40年ぶりに思い出しました。
2016年1月25日月曜日
ちまたにて
もうとどかない花の日よりもさびしかつた
つかれのやうに羞んで
古い折返しの向ふへかくれたひとよ
もうとどかない花の日のやうにいつまでもぼくは考えてゐる
これは、森川義信の「あるひとに」。わずか4行しかないこの詩、おそらく亡くなった友を悼むものでしょう。彼は、鮎川信夫に強い影響を与え、ライバルのような友達だったようです。
そして森川が戦死したとき、鮎川は有名な「死んだ男」で彼のことを、彼らしい強い言葉で追悼します。
埋葬の日は、言葉もなく
立ち会う者もなかった
憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった
よく知らないのですが、鮎川はこの森川のような詩を書きたかったのかもしれない。森川の詩の底に流れている、ひんやりとした透明なイメージは、初期の鮎川に繰り返し現れてきます。こんな雪の日に、ときどき、森川の詩がひどく読みたくなることがあります。
「虚しい街」、あるいは「衢にて」から
翳に埋れ
影に支へられ
その階段はどこへ果ててゐるのか
つかれのやうに羞んで
古い折返しの向ふへかくれたひとよ
もうとどかない花の日のやうにいつまでもぼくは考えてゐる
これは、森川義信の「あるひとに」。わずか4行しかないこの詩、おそらく亡くなった友を悼むものでしょう。彼は、鮎川信夫に強い影響を与え、ライバルのような友達だったようです。
そして森川が戦死したとき、鮎川は有名な「死んだ男」で彼のことを、彼らしい強い言葉で追悼します。
埋葬の日は、言葉もなく
立ち会う者もなかった
憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった
よく知らないのですが、鮎川はこの森川のような詩を書きたかったのかもしれない。森川の詩の底に流れている、ひんやりとした透明なイメージは、初期の鮎川に繰り返し現れてきます。こんな雪の日に、ときどき、森川の詩がひどく読みたくなることがあります。
「虚しい街」、あるいは「衢にて」から
翳に埋れ
影に支へられ
その階段はどこへ果ててゐるのか
2016年1月10日日曜日
나윤선
この三文字で、ナ・ユンソンと読むらしい。パリで活躍している韓国人のジャズシンガー。エストニアのラジオ局の番組MMeditatsioonではじめて「Same girl」を聞いて、すぐにMP3をダウンロードしたものの、iTuneにはハングルしか書いてなくて読めず、私の中では謎のままでした。再び、同じ番組で流れてはじめてネットで調べて判明。
彼女の鳴らすカリンバ、ハンドオルゴールではじまるこの曲を、静かに、つぶやくように歌い上げる、彼女のせつなくやるせない声は、はっとするほどの美しさを持っています。彼女は27のときにフランス語も英語も知らないままパリに行き、音楽学校で学んだとのことです。言葉の通じない街での寂しさ、心許なさ、そしてそれに耐えた日々が、この曲を生んだのでしょう。
かつてうちのラボにいた女性が、次のステップをどうしようかというときに、他のお誘いを断って、私がけしかけたせいもあってか、フランスのラボに参加し、フランスの地で長い研究生活を過ごしたことがありました。ヨーロッパのラボではたぶんどこでもそうですが、英語も通じるとはいえ、やはり自国語ばかりです。辛かったとか、彼女の口からは一度も聞いたことないですが、楽な生活ではなかったはず。
それは、彼女の人生を大きく変えたことと思います。それが良かったのか。よく考えます。少なくとも、サイエンスを学べたことと、全く違う文化に若い時期にどっぷり浸れたことはかけがえのない財産になったはず、だけど、他の可能性と比べてどうなのか、それはいくら考えても答えは出ません。
ひとつだけ言えるのは、それはあのときだからできたこと、今は、とてもフランスに送る勇気はありません。世界は大きく変わってしまいました。ただでさえ、ポスドクを非正規雇用者と呼んだり、サイエンスに必要とされる競争力を得るためのプロセスが正しく認識されてない社会的風潮があります。加えて、欧米での治安のリスクの悪化は、若者が海外で勉強に行く気をひどくそぐものです。がんばってこいと、送り出す事もできなくなってしまいました。これからの日本のサイエンスはどうなるんだろう。それに、これはやはり、若者にとって不幸な状況。
5年経っての追記
このブログを終わるときに読み返していて、これを思い出し、検索したところ、Youtubeにありました。
https://www.youtube.com/watch?v=XhXCHYyHGLE
ハンドオルゴールと書いたもののよくわかりませんでしたが、手回しオルゴールのことか。だから、これだけ完璧に歌うことができるのか。相当な技量が必要と思いますが、そんなことは少しも感じさせず、ただただ、このパフォーマンスのあまりの美しさに思わず息を飲みます。
彼女の鳴らすカリンバ、ハンドオルゴールではじまるこの曲を、静かに、つぶやくように歌い上げる、彼女のせつなくやるせない声は、はっとするほどの美しさを持っています。彼女は27のときにフランス語も英語も知らないままパリに行き、音楽学校で学んだとのことです。言葉の通じない街での寂しさ、心許なさ、そしてそれに耐えた日々が、この曲を生んだのでしょう。
かつてうちのラボにいた女性が、次のステップをどうしようかというときに、他のお誘いを断って、私がけしかけたせいもあってか、フランスのラボに参加し、フランスの地で長い研究生活を過ごしたことがありました。ヨーロッパのラボではたぶんどこでもそうですが、英語も通じるとはいえ、やはり自国語ばかりです。辛かったとか、彼女の口からは一度も聞いたことないですが、楽な生活ではなかったはず。
それは、彼女の人生を大きく変えたことと思います。それが良かったのか。よく考えます。少なくとも、サイエンスを学べたことと、全く違う文化に若い時期にどっぷり浸れたことはかけがえのない財産になったはず、だけど、他の可能性と比べてどうなのか、それはいくら考えても答えは出ません。
ひとつだけ言えるのは、それはあのときだからできたこと、今は、とてもフランスに送る勇気はありません。世界は大きく変わってしまいました。ただでさえ、ポスドクを非正規雇用者と呼んだり、サイエンスに必要とされる競争力を得るためのプロセスが正しく認識されてない社会的風潮があります。加えて、欧米での治安のリスクの悪化は、若者が海外で勉強に行く気をひどくそぐものです。がんばってこいと、送り出す事もできなくなってしまいました。これからの日本のサイエンスはどうなるんだろう。それに、これはやはり、若者にとって不幸な状況。
5年経っての追記
このブログを終わるときに読み返していて、これを思い出し、検索したところ、Youtubeにありました。
https://www.youtube.com/watch?v=XhXCHYyHGLE
ハンドオルゴールと書いたもののよくわかりませんでしたが、手回しオルゴールのことか。だから、これだけ完璧に歌うことができるのか。相当な技量が必要と思いますが、そんなことは少しも感じさせず、ただただ、このパフォーマンスのあまりの美しさに思わず息を飲みます。
2016年1月8日金曜日
ガラスの製品
仕事柄、ガラスの製品を使うことが多く、細胞の培養のイメージングにはガラス底のお皿がかかせません。ただ、普通の培養ディッシュに比べてやたら高く、どのメーカーもほとんど同じ値段なので、けしからんと思ってましたが、ネットで探すとびっくりするくらい安いところが見つかりました。
Cellvisという、LAにある会社ですが、どうやら中国の工場から世界中に販売しているようです。お値段は、普通のディッシュだと単純に単価だけ比べると、1/2.5、お皿が4分割されたディッシュだと、1/5程度の値段と、思わず二度見しました。ガラスボトムディッシュに特化した会社なので、この値段にできてるのでしょう。サイトではしきりに製造過程の無塵さをアピールしてます。輸送費はかかりますが、代理店が入るよりはずっと安く買えます。早速買って試してみましたが、中国から来るので、国内と同じくらい早い。余りに早いせいか、注文後変更という融通は利きませんでしたが。このまま代理店がつかないことを願います。
使ってみると、なかなか水濡れが良く、MatTekや松浪のディッシュのように水を弾くことがありません。細胞の接着も良く、IWAKIのガラスボトムディッシュとよく似た感じです。かなりいい。Cellvisでは、他にガラスがそこについていない丸い穴の開いたディッシュ、つまり自分でカバーグラスをくっつけたい人用のや、逆にフタにもカバーガラスがついてて、マクロレンズなど作動距離の長いレンズで上から撮影するときに便利なようになっているものもあります。中国、恐るべし。
もう一つ、カバーガラスは大量に使う割に高い感じがしてますが、VWRという、何でも扱ってるアメリカの総合商社のようなところが自分のブランド名で出してるのは、枚数でなく、オンス単位で売ってて、たぶんいつも使ってる松浪の半分くらいのお値段。早速買ってみました。蛍光蛋白溶液を載せて、どれくらい一分子から光子を発生しているかを測定してみると、何の問題も無し。ただ、走査電顕で、ついでに、他のサンプルの間に載せて、表面をみると結構な違いがありました。
この倍率ではわかりにくいですが、拡大すると
何でしょう、これ。ピンセットでこすった部分だけ、この点がきれいに落ちてるので、なにかきれいにならんでいます。蛍光には影響ないようですが、余り観察には使わない方が良いかな。やはり松浪のはきれいです。
Cellvisという、LAにある会社ですが、どうやら中国の工場から世界中に販売しているようです。お値段は、普通のディッシュだと単純に単価だけ比べると、1/2.5、お皿が4分割されたディッシュだと、1/5程度の値段と、思わず二度見しました。ガラスボトムディッシュに特化した会社なので、この値段にできてるのでしょう。サイトではしきりに製造過程の無塵さをアピールしてます。輸送費はかかりますが、代理店が入るよりはずっと安く買えます。早速買って試してみましたが、中国から来るので、国内と同じくらい早い。余りに早いせいか、注文後変更という融通は利きませんでしたが。このまま代理店がつかないことを願います。
使ってみると、なかなか水濡れが良く、MatTekや松浪のディッシュのように水を弾くことがありません。細胞の接着も良く、IWAKIのガラスボトムディッシュとよく似た感じです。かなりいい。Cellvisでは、他にガラスがそこについていない丸い穴の開いたディッシュ、つまり自分でカバーグラスをくっつけたい人用のや、逆にフタにもカバーガラスがついてて、マクロレンズなど作動距離の長いレンズで上から撮影するときに便利なようになっているものもあります。中国、恐るべし。
もう一つ、カバーガラスは大量に使う割に高い感じがしてますが、VWRという、何でも扱ってるアメリカの総合商社のようなところが自分のブランド名で出してるのは、枚数でなく、オンス単位で売ってて、たぶんいつも使ってる松浪の半分くらいのお値段。早速買ってみました。蛍光蛋白溶液を載せて、どれくらい一分子から光子を発生しているかを測定してみると、何の問題も無し。ただ、走査電顕で、ついでに、他のサンプルの間に載せて、表面をみると結構な違いがありました。
2015年12月20日日曜日
ストーナー
ジョン・ウィリアムズの「ストーナー」、読了。床に入り寝付くまでの時間、このところ毎晩読んでましたが、ミズーリ大で古典を教えてる気分でした。作品社という聞いたこともない出版社の本。このまえ東京に行ったとき、丸善でアメリカ文学のところに山積みされていて、パラパラめくって即購入。
珍しい経緯の小説です。この作者はストーナーと同じ大学の古典の先生で、出版は50年くらい前。プロフェッショナルな作家ではないようです。出版当時はほとんど話題になることも無く忘れ去られていたそうですが、今世紀に入ってなぜか再版されたとき、ヨーロッパでよくあるキャッチコピーとともに随分話題になったとか。確かにアメリカで受けそうな本ではないです。日本では、翻訳大賞を受けたと、帯に書いてあったような気がします。
珍しく他の本に浮気することもなく、これだけに専念して、毎晩、寝るときにストーナーになってました。とにかく面白かったのは間違いありません。貧しい農家に生まれたストーナーが古典文学の世界に惹かれて学問の道に進み、大学で教えて死ぬまでの、特に何の変哲もない生涯が描かれています。何が面白いのかわからないですが、何か、惹きつけるものがあります。ただ、ちょっと引っかかったのは、むしろこの翻訳。この翻訳者のことが書かれた後書きを読むまでは、翻訳の世界にはまだそれほど経験のない、豊富な語彙を持ち文学を志す若者が気負って訳したのかと思っていました。が、なんと高名な翻訳者が亡くなる直前まで手がけていた作品だそうです。
そういうことを知るとなかなか書きにくいのですが、読んでいて、遙か昔に読んだトム・ウルフの「天使よ 故郷を見よ」を思い出しました。懐かしい本ですが、翻訳が妙に表に出てきて、違うだろう、という印象を持った記憶があります。同じように、これにもなんだこの訳はというところが結構あります。たとえば、学生だった彼が教授から大学に残るように薦められるときの台詞が「真摯なる文学の徒は、みずからの才が士の理法を読み解くには向かぬことを必ずや覚るものではないだろうか」。鼻白みます。原文はどうなってるんだろう。とても豊かな言葉を持っておられることはわかりますが、「「どういう意味です?」自分の声におののきの棘を感じる」、等、ちょっと時代がかってないか。
とはいえ、「遠い哀れみと、及び腰の友愛と、おなじみの敬意がわき起こってくる。そして、気鬱な悲しみ。」、など、確かに美しい文章にも多く出会います。どうも、翻訳者の強い思い入れが、このようなかなり気合いの入った文章になったのかもしれません。後書きはこの翻訳者のお弟子さんによるもので、彼女によるとこの小説にはストーナーの悲しみが底流にある、とのことでしたが(確か)、う~ん、そうかなあ。
作者は、ストーナーのことを、文学の世界を見いだした幸せな人間として描いてるように、私には思えました。奥さんと死の直前までうまく行かなかったり、学内抗争で昇進が妨げられたりしてはいても、そういうのは普通にあること。なにより、彼は貧しい農家の息子として生まれ、父親の期待を受けて入った大学で、少々道を踏み外してたまたま古典の世界を見いだして、のめり込み、死の前日まで研究を積み重ねることができ、彼を慕う学生たちがいたわけです。作者はむしろ大学人としての共感を込めて、ほとんど肯定的に描いたのではないのかな。
翻訳がどうも先に立って、なかなか微妙に、絶賛するわけにはいかないのではないですが、ともかく印象深い小説でした。
珍しい経緯の小説です。この作者はストーナーと同じ大学の古典の先生で、出版は50年くらい前。プロフェッショナルな作家ではないようです。出版当時はほとんど話題になることも無く忘れ去られていたそうですが、今世紀に入ってなぜか再版されたとき、ヨーロッパでよくあるキャッチコピーとともに随分話題になったとか。確かにアメリカで受けそうな本ではないです。日本では、翻訳大賞を受けたと、帯に書いてあったような気がします。
珍しく他の本に浮気することもなく、これだけに専念して、毎晩、寝るときにストーナーになってました。とにかく面白かったのは間違いありません。貧しい農家に生まれたストーナーが古典文学の世界に惹かれて学問の道に進み、大学で教えて死ぬまでの、特に何の変哲もない生涯が描かれています。何が面白いのかわからないですが、何か、惹きつけるものがあります。ただ、ちょっと引っかかったのは、むしろこの翻訳。この翻訳者のことが書かれた後書きを読むまでは、翻訳の世界にはまだそれほど経験のない、豊富な語彙を持ち文学を志す若者が気負って訳したのかと思っていました。が、なんと高名な翻訳者が亡くなる直前まで手がけていた作品だそうです。
そういうことを知るとなかなか書きにくいのですが、読んでいて、遙か昔に読んだトム・ウルフの「天使よ 故郷を見よ」を思い出しました。懐かしい本ですが、翻訳が妙に表に出てきて、違うだろう、という印象を持った記憶があります。同じように、これにもなんだこの訳はというところが結構あります。たとえば、学生だった彼が教授から大学に残るように薦められるときの台詞が「真摯なる文学の徒は、みずからの才が士の理法を読み解くには向かぬことを必ずや覚るものではないだろうか」。鼻白みます。原文はどうなってるんだろう。とても豊かな言葉を持っておられることはわかりますが、「「どういう意味です?」自分の声におののきの棘を感じる」、等、ちょっと時代がかってないか。
とはいえ、「遠い哀れみと、及び腰の友愛と、おなじみの敬意がわき起こってくる。そして、気鬱な悲しみ。」、など、確かに美しい文章にも多く出会います。どうも、翻訳者の強い思い入れが、このようなかなり気合いの入った文章になったのかもしれません。後書きはこの翻訳者のお弟子さんによるもので、彼女によるとこの小説にはストーナーの悲しみが底流にある、とのことでしたが(確か)、う~ん、そうかなあ。
作者は、ストーナーのことを、文学の世界を見いだした幸せな人間として描いてるように、私には思えました。奥さんと死の直前までうまく行かなかったり、学内抗争で昇進が妨げられたりしてはいても、そういうのは普通にあること。なにより、彼は貧しい農家の息子として生まれ、父親の期待を受けて入った大学で、少々道を踏み外してたまたま古典の世界を見いだして、のめり込み、死の前日まで研究を積み重ねることができ、彼を慕う学生たちがいたわけです。作者はむしろ大学人としての共感を込めて、ほとんど肯定的に描いたのではないのかな。
翻訳がどうも先に立って、なかなか微妙に、絶賛するわけにはいかないのではないですが、ともかく印象深い小説でした。
2015年12月5日土曜日
ブーレとドゥーブル、シンフォニエッタ
意外な人からCDを貸してもらってそのままかけ流しで論文書いてると、バッハの無伴奏バイオリンパルティータ第一番ロ短調のブーレとドゥーブル、サラバンドとドゥーブルに遭遇。思えば、これが最初のバッハでした。大学に入りたての頃、ジャズばかり聴いてました。ピアノは弾けず、ギターを弾いてたのですが、本屋さんで楽譜を手にして眺めたら、単音だけだったので、これなら簡単だろうと買ったのがきっかけ。これほどいい加減な理由もないもので。
夜に風呂から上がってギター用にアレンジされたパルティータ集の適当なところを広げて、ギターで音を出してみると、わずか2小節、その音の並びが衝撃。こんなパッセージは、コルトレーンも出せない(これが当時の最大の賛辞)、8分音符が並んでるだけなのに、こんなに胸ふるわせるような音には初めて出会いました。しばらく、寝ても起きても、頭の中はこればかり。
人の演奏するこの曲を最初に聴いたときのことは、あまり覚えていません。彼女の部屋で聞いたことは覚えているけど、はたして誰の演奏だったのか。誰のを聴いても、ギターで弾いて耳にした音だけが、きこえてました。
そのうち、バッハを次々に聴き出すようになり、特にヘルムート・ヴァルヒャのクラビコードによるバッハを、ほぼ毎月、買ってました。そんななかで出会った最高の旋律は、ヴァルヒャの演奏する、パルティータ第2番のシンフォニエッタ。
その頃、18、19歳。地獄を素足で歩いてるようなものです。音楽はそのために必須でした。だから、今でも、学生たちを見て、なんとかして越えろよ、とつい思ってしまうわけですが。
ヴァルヒャのバッハは、どんな宗教よりも救いでした。特にこの、シンフォニエッタ、序章の和声の混乱の中から抜け出してくる、一筋の透明な音の流れ、それがまるで鳥のようにたわむれ、とび上がり、空で遊び舞い降りる様。音楽が自らを引っ張って次から次へと惜しげもなく姿をさらしていく、限りなく細く、だけど決して途切れることのない旋律。息をのみました。この提示部を終えて対位法に入ると、それらは並び、確かめ合い、追いかけあいます。これは2声の単純なフーガ、だけど、その2つの音の流れだけで、広大な世界が広がっています。この2つの音で挟まれた世界、それがまるで車窓の景色のようにすぎてゆき、私はそれを見つめてる、そんなイメージをいつも抱いていました。
そう、こんな世界がある。全く知らなかった世界が、この世にあることを知りました。何があっても、こんな世界があるからなんとかなるかもしれない、そんな気がしました。バス停で雨の降る中、サークルを終えて、今日もつまらなかったとひとりで立っているとき、朝、目を覚ますと昨日のことや、誰彼の言ったことが突き刺さったことが瞬時に脳裏に浮かんだとき、そのバッハの音の作る世界を思い浮かべたからこそ、何とか次に進むことができたのかもしれない。
付記 ふと思ってネットで調べてみると、やはりみつかりました。この旋律ではじまります。ハ短調です。

どこにでもありそうな音、どうしてこれがこんな世界を作れるのか。
夜に風呂から上がってギター用にアレンジされたパルティータ集の適当なところを広げて、ギターで音を出してみると、わずか2小節、その音の並びが衝撃。こんなパッセージは、コルトレーンも出せない(これが当時の最大の賛辞)、8分音符が並んでるだけなのに、こんなに胸ふるわせるような音には初めて出会いました。しばらく、寝ても起きても、頭の中はこればかり。
人の演奏するこの曲を最初に聴いたときのことは、あまり覚えていません。彼女の部屋で聞いたことは覚えているけど、はたして誰の演奏だったのか。誰のを聴いても、ギターで弾いて耳にした音だけが、きこえてました。
そのうち、バッハを次々に聴き出すようになり、特にヘルムート・ヴァルヒャのクラビコードによるバッハを、ほぼ毎月、買ってました。そんななかで出会った最高の旋律は、ヴァルヒャの演奏する、パルティータ第2番のシンフォニエッタ。
その頃、18、19歳。地獄を素足で歩いてるようなものです。音楽はそのために必須でした。だから、今でも、学生たちを見て、なんとかして越えろよ、とつい思ってしまうわけですが。
ヴァルヒャのバッハは、どんな宗教よりも救いでした。特にこの、シンフォニエッタ、序章の和声の混乱の中から抜け出してくる、一筋の透明な音の流れ、それがまるで鳥のようにたわむれ、とび上がり、空で遊び舞い降りる様。音楽が自らを引っ張って次から次へと惜しげもなく姿をさらしていく、限りなく細く、だけど決して途切れることのない旋律。息をのみました。この提示部を終えて対位法に入ると、それらは並び、確かめ合い、追いかけあいます。これは2声の単純なフーガ、だけど、その2つの音の流れだけで、広大な世界が広がっています。この2つの音で挟まれた世界、それがまるで車窓の景色のようにすぎてゆき、私はそれを見つめてる、そんなイメージをいつも抱いていました。
そう、こんな世界がある。全く知らなかった世界が、この世にあることを知りました。何があっても、こんな世界があるからなんとかなるかもしれない、そんな気がしました。バス停で雨の降る中、サークルを終えて、今日もつまらなかったとひとりで立っているとき、朝、目を覚ますと昨日のことや、誰彼の言ったことが突き刺さったことが瞬時に脳裏に浮かんだとき、そのバッハの音の作る世界を思い浮かべたからこそ、何とか次に進むことができたのかもしれない。
付記 ふと思ってネットで調べてみると、やはりみつかりました。この旋律ではじまります。ハ短調です。
どこにでもありそうな音、どうしてこれがこんな世界を作れるのか。
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